Collections作品紹介
| Artist 作家名 |
Preparatory sketches:Ito Jakuchu Inscription: Ko Yugai 下絵:伊藤若冲、賛:高遊外 |
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| Material 手法 |
Rubbing print 紙本・拓版 骸骨と文字を彫った版木の上に紙を濡らして貼り、その上から墨をのせることで彫った部分が白く残る。 |
| Dimensions 寸法 |
本紙:101.5×27.2㎝(Image) 総丈:176.5×39.8㎝(Mount) |
| Caption 備考 |
・「藤女鈞印」「若冲居士」 ・賛:「一霊皮袋 ゝゝ(皮袋)一霊 古人之語」 ・八十六翁 高遊外「売茶八十翁」「遊外居士」 【意味】屍はここにあるが、その人自体はどこに行ったのだろう。これをもって知る、人である霊がこの皮袋の中には居ないということを。 人は無から生じ無に帰るという禅的な考えを深い墨色の背景に浮かび上がるふたつの髑髏によって象徴的に示している。 ※印章部分が朱色になっている本作は、既に発見されている同じ版木の髑髏図の中でも最も古く、かつ最も重要なものであるとの見解が示されています。 |
| Period 製作年 |
宝暦10年(1760) |
| Condition 状態 |
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| Accessory 付属品 |
box 合わせ箱 |
| Biography 略歴 |
【伊藤若冲(1716~1800)】 江戸時代中期、京都生まれ。 名は汝釣、字は景和。号は斗米庵、米斗翁、心遠館、錦街居士。 京都・錦小路高倉の青物問屋「枡屋」の長男に生まれる。 15歳頃から絵を学び、40歳で家業を弟・白歳(はくさい)に譲って画業に専念。 最初に学んだ狩野派の画法に飽き足りず、京都の古寺に伝わる宋,元,明の中国画を模写。 その後、実物写生を絶対視するに至る。 長崎経由で流行した沈南蘋の細密な花鳥画や、黄檗宗関係の水墨画などの影響も大きく、 既成の形態をデフォルメすることで独特な画面構成の作品を生み、奇想の画家としてもよく知られる。 動植物を細密かつ鮮やかに描くなどして当時の京都では円山応挙と並び称された。 天明8 (1788) 年の大火で家を焼失。晩年は京都深草の石峰寺のかたわらに隠棲し、晩年を過ごした。 梅荘顕常と親交があったほか、売茶翁や黄檗僧たちとも交わり、信仰の念は生涯厚かった。 『動植綵絵』 30幅は、『釈迦三尊像』三大幅とともに相国寺に寄進されたもので、若冲の悲願のこもった生涯の傑作。 1970年ごろから再評価が進み、2000年の京都国立博物館での大規模展を機に広く知られるようになった。 |

