Collections作品紹介
Artist 作家名 |
Fusen Tetsu 不染鉄 |
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Material 手法 |
Paint on Silk 絹本・彩色 |
Dimensions 寸法 |
本紙 33.9×41.5㎝(Image) 総丈 123.0×55.6㎝(Mount) |
Caption 備考 |
・サイン「不染鐵二画」、印「銕二」 【作品解説】 海村とは、大正4年当時、画家の間で写生地として注目を浴びていた伊豆大島であろう。 大正3年、不染は師:山田敬中との縁からか、岡倉天心の死後横山大観や下村観山によって再興されたばかりの日本美術院研究会員となる。 しかしその後数年の間に両親が亡くなり、不染は絵描きとして身を立てる決意を固める。 絵師仲間から刺激を受けつつも孤独と不安に苛まれ、やがて経済的にも精神的にも追い詰められていった不染は大正4年、妻とともに当時、画家の間で写生地として注目を浴びていた伊豆大島へ渡る。 汽船の中で大嵐にあい、当初の目的地「差木地」ではなく岡田村に到着してしまったが、温かく迎えられた不染は漁師の真似事をしながらそのまま三年程暮らした。 その後、神奈川・東京・奈良へと拠を移した不染であったが、豊かな自然とあたたかな人情の機微に触れたこの大島での記憶は後の作品の中で繰り返し追想されている。 本作は大正12年に日本美術展覧会首席入賞した作品「海村」、14年に帝展へ出品した「山海図絵」の作風に酷似している事から、制作時期は大正末期~昭和初期頃と想像される。 温かな雰囲気に包まれた海村の風景は、不染の心を癒したように、作品を観ている私達をも癒す。 素朴で温かな不染独自の世界観を描き込めた不染鉄30代、画業の「完成期」と評された時代の作品。 |
Period 製作年 |
Late Taisho - Early Showa Period 大正末期~昭和初期頃 |
Condition 状態 |
light stain うすいシミあり。 |
Accessory 付属品 |
共箱 |
Biography 略歴 |
【不染鉄(1891~1976)】 東京小石川の光円寺住職・不染信翁の子として生まれる。 攻玉社中学を経て大正大学に学ぶ。 はじめ町絵師に絵を習ったが、 大正3年には日本美術院研究生となり、伊豆大島や式根島で漁師をしながら同地の自然を写生した。 7年京都府立絵画専門学校に入学。在学中の8年に第1回帝展に「夏と秋」を出展し初入選、以後、同展を中心に伊豆の風土を描いた作品を発表し、入選・入賞を重ねた。 12年同校を首席で卒業し、同研究科に進学。同年の大阪朝日新聞社主催日本美術展では「海村」で銀牌を受賞した。 のち、大東南宗院などでも活動するが、次第に中央画壇から離れ、戦後は奈良の正強高等学校長などを務めつつ画作を進めた。 |